2020年01月13日

パーファン? 一宮市「1%支援制度」の投票が始まりました。 18番、杜の宮市を助けてください!

 一宮市が全国(全世界)に誇る「市民が選ぶ市民活動支援制度」、通称「1%支援制度」。

 1%制度では、同制度に登録している市民活動団体の中から、成人市民がここを応援したいと思って投票すると、一定の支援金が一宮市から助成されます。2020年度の活動に対しては一人あたり666円分、18歳以上の一宮市民なら高校生の方を含め、基本、誰でも投票可能です。
 これによって税金が増えたりはしません。投票も簡単です。


 そのインターネットでの投票が1月12日(日)より始まっています。

 ぜひ「杜の宮市」をご支援ください。登録は18番です。投票をよろしくお願い申し上げます。


クラファンからパーファン?
 
 世の中近年、クラウドファンディングが大きく動いています。正直、これって寄付とかファンドかしら、前借りや出資だよなというものも多くなっています。まあふるさと納税も妙な感じです。

 ネットでやる寄付集めが「クラウドファンディング」なら、1%%ずつ支援する寄付集めは「パーファン」でどうでしょう。
 ⇒⇒⇒もっといいネーミングがあったら、ご提案ください。


杜の宮市のオカネ事情

 杜の宮市は、公私ともに大きな資金のバックアップを受けないまま、20回の開催をしてきました。ずっと資金が足りず、ケチりにケチって運営してきています。過去多くの場合、運営そのものの赤字を寄付で何とか穴埋めして継続してきたのが実態です。すみません。
 もう少しで収支相償、プラマイゼロになるかと思うころに、また新たな課題やテーマ、ミッションが生まれてお金が足りなくなります。
 それでもやめずに続けてこられたのは、協力や後援をしてくださってきた多くの皆さん、またコアスタッフやボランティアの皆さんがいるからです。


ネット投票、簡単です

 1%制度のネット投票は実に簡単です。
 杜の宮市を大切に思ってくださっている一宮市民の皆さん、ぜひご投票ください。
 え〜!と思われるかもしれませんが、本当にお金が無いんです。

 ほんの30秒ほどかけていただくだけで、20回目の杜の宮市が少しずつ何とかなっていきます。

 投票期限は2月21日までですが、色々なことがありますので、なるべく早くに投票をしていただけませんか。

 本当に、ぜひ、お願いです。よろしくお願い申し上げます。

 投票へ、一番の近道は下記リンクから。団体を選択するところで<18番>杜の宮市をお願いします。
https://www.138npo.org/seido/kakunin/kakunin.html

 制度の解説などはコチラ
https://www.138npo.org/seido/

 実際にやってみました。やり方をガイドにしましたので、ご参照ください。内容はこの画像と同じです。
200113 インターネット投票 やってみた 杜の宮市 一宮市 市民が選ぶ市民活動支援制度.pdf

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posted by 星野博 at 20:13| ・ ニュース / レポート

2020年01月11日

たくさんの出展ご応募ありがとうございました・・・ライブステージは継続募集受付中(第20回杜の宮市)

本年5月5日開催の第20回杜の宮市は、1月8日にて出展希望者の応募を締め切りました。
数は申し上げられませんが、非常にたくさんの方々にご応募いただき、御礼申し上げます。

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なおライブステージの出演者は引き続き募集しております。
下記のフォームからご登録ください。

杜の宮市20th.「なまおとライブ」ミュージシャン・パフォーマー登録フォーム
https://forms.gle/1CxgPVnh6sLSUrU58

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また「市民活動大集合!」は企画の組み換えをして追加募集をするかもしれませんので、またウェブページ(このブログ)を見てください。

写真は、本日、出展申込をすべてプリントアウトして整理し、審査などのスケジュール調整をするスタッフの皆さん。
★ボランティアスタッフも継続募集中です。
http://morino381.sblo.jp/category/4386078-1.html

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posted by 星野博 at 18:17| ・ ニュース / レポート

2020年01月08日

杜の宮市はどうやって始まったのか…第20回杜の宮市(出展申込は本日1月8日20時まで)

 2020年5月5日開催の第20回杜の宮市は、本日1月8日の20時までで出展希望者の応募を締め切ります。
 http://miyaichi.net
 あの人、応募を忘れてるかも・・・みたいな方がいらしたら、ぜひお伝えください。

 
 杜の宮市はどんなふうに始まったの? そんな質問を、今でもいただきます。


土俵がステージ、どすこいライブ
 後のNPO法人志民連いちのみやの諸活動に繋がる様々な動きは、1990年代初頭に始まっていきました。
 当時「まち遊び総研」と名打って、パソコン通信での一宮地域ページの運営、アートイベント、ライブイベント、講座やパネルディスカッション等を繰り返していく中、1998年夏に「どすこいライブ」をスタートします。

 「おりもの感謝祭一宮七夕まつり」…一宮の七夕まつりは、商店街に立つ大きな飾り物がメインで、それらを見て回り、パレードがあり、露天商の食べ物などを買うというような商業イベントです。気づけば周りの人間は誰も行かなくなっており、他方莫大な公金が使用されています。それに対し「自分たちが楽しいと思う音楽を、自分たちで企画して運営し、皆で楽しもう」という意図でスタートしたのが「どすこいライブ」です。

 ある時、自転車で走っていた私は、真清田神社の裏の大宮公園に土俵を再発見します。子供のころから遊びに来ていたのですが、改めて見てみると土俵は一段高くなっていて屋根が付き、周りには芝生の観覧席がぐるりと囲んています。これはまるで野外音楽堂ではないか。ここなら市営の公園の中で、土俵もたぶん市役所の管理だろうし、電気も来てる。お金をかけずにコンサートができるのではないか。当時だんだん見つかってきた、まちづくりの仲間たちに相談し、1997年末から準備にかかりました。

 実際には当時の行政は今よりさらに非常に難しく、毎日のように役所へ通い、半年近くかかってやっと土俵の利用許可が出ました。嫌な思いもしましたが、その当時に助けてくれた行政官は、その後も色々な局面で私たちの市民活動を助けてくれました。

 七夕まつりの期間中の日曜に、土俵をステージにして開催する「どすこいライブ」です。私はそこまで考えずにいたのですが、どこの馬の骨かも分からぬ市井の市民が集まって公共地で何かするということは、このまちでは非常に珍しいことだったようです。


七夕まつり、にぎわい広場
 このころ一宮市で三星整染の岩田和夫さんが地ビールの「尾張ブルワリー」を立ち上げます。商店街の数人が、どすこいライブの公共地利用スキムで、地ビールを中心にしてドイツの「オクトーバーフェスト」のようなビアガーデンをやろうという企画をします。今は一宮市役所本庁舎が建っている場所にあった「新柳公園」です。
 1999年、ここで商店街団体の主催による「にぎわい広場」が始まりました。飲食物は尾張ブルワリーが提供し、私たちはステージの運営をしていました。この場所は駐車場からのピストンバスの停車場になっているだけの場所でしたが、ここまで人の流れをつくるということは、七夕まつりに回遊性が生まれ、面としての活性化がはかれる可能性があります。私(星野博)も積極的にかかわり、3年目からは完全にボランティア運営になりました。市役所が建て変わってからは、オリナス一宮裏の「葵公園」にて、「葵にぎわい広場」として今も七夕まつりの際にボランティア運営をしています。


真清田神社、飯田宮司
 その少し前、真清田神社の宮司に飯田清春さんが赴任されました。飯田宮司は、以前にはキティちゃんお守りを開発したり、東儀秀樹のコンサートを開いたり、真清田神社では有名人の豆まきを始めたりと多才な方でした。一宮は色々な経緯があって強く「政教分離」が言われていました。真清田神社が出てくると当時の市役所は出て来ないという感じです。飯田宮司は色々な活性化策を出すのですが、なかなか動かなくて苦悶しておられました。
 そんな中、神社の境内を提供してイベントを始めるのはどうかと飯田宮司は発案されました。いくつかの案が出されるなか、今の杜の宮市に繋がる企画が選ばれていきます。
 飯田宮司は、このまちにたくさんの資源を残してくださって、2011年11月に72歳で亡くなられます。


三八市から杜の宮市へ
 私は新聞公募で、その新しいイベントのボランティアスタッフを公募しました。
 一宮の中心商店街は、真清田神社の門前に立った「三八市」(さんぱちいち)が元となり、店舗等が固定化定着化して現在の本町通り商店街を中心としたにぎわいが創出されていきます。三八市は戦後しばらくは鳥居のあたりで闇?マーケットとして存在しましたが、消滅していきます。
 その「三八市」を文化的に再興して創出しよう、真清田神社の境内で!というのが、新聞公募のテーマでした。
 初回の会議には随分多くの方に集まっていただいたのですが、「お金はどうする?」「何をやる?」といういくつかの問いに私は「お金もこれから皆さんと考えて」「何をやるかも皆さんと一緒に考えて」と答えていました。2回目の会議からは随分と人が減り、残った人たちでイベントを立ち上げていきます。

 実は私たちは、この新しいイベントでやることを、だいたい考えていました。当時この地方でも既に松本や長浜などにクラフトフェアがありましたし、覚王山まつりもしばらく前に始まっていました。ああしたクラフトフェアをベースにしつつ、食や音楽なども含めた総合的な文化のイベントを一宮につくりたいという想いです。ただそれは初めのころの会議では敢えて言うのを我慢し、まったくのゼロから参加者の皆さんとともに企画を考えていく、ただしテーマは文化、それも真清田神社の境内をお借りするのに相応しい品質と品格を持ったものでと議論していきました。そうして、だいたい今の杜の宮市への方向性が決まっていきます。
 「三八市」という名前は、ある事情で今の「杜の宮市」という名前になります。
(「杜の宮市」は、なぜ「杜の宮市」という名前なのか http://morino381.sblo.jp/article/186989906.html 参照)


第1回杜の宮市
 その名前になることで、杜の宮市は「手づくりの文化とコミュニケーションのまつり」として明確になり、2001年6月3日に第1回を開催しました。
 前日夜、日が変わってもまだ準備をしていたのですが、終わって一杯飲んで、いったい何人来るだろう、5百人か千人かと話していました。当時は11時スタートだったのですが、9時には会場は来場者で一杯になりました。来場者8千人と発表することになります。何が起きているのかよく分からないまま夕方になりました。
 そうして、さらなる杜の宮市の展開を目指して、活動を継続していきました。

 当時も今も私たちスタッフは全員ボランティアで、しかし杜の宮市を杜の宮市たらしめんために活動しています。

 出展される方々も、来場者の方々も、ご協力いただく皆さんも、どうぞ一緒に「杜の宮市をつくる」というお気持ちでご一緒していただきますよう、お願いします。


画像は、1回目の準備風景。テント設営とかも自分たちで全部していました。

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posted by 星野博 at 11:44| ・ ニュース / レポート

2020年01月06日

「市民活動大集合!」は、なぜ杜の宮市で開催しているのか

 2020年5月5日開催の第20回杜の宮市は、1月8日まで出展希望者の募集をしています。
 http://miyaichi.net

 杜の宮市の他の部門と少し異質な「市民活動大集合!」は、なぜミヤイチで開催しているのでしょう。
 それは杜の宮市自身が「市民活動」だということなのですが、それにしてもなぜ。

 なおこの「市民活動大集合!」は、これから別個に募集を行い、中身も一部変更になるかもしれません。


平成の大合併 そして、グレーター 一宮市
 「市民活動大集合!」が始まったのは2006年5月21日、第6回杜の宮市の時でした。
 それに先立つ2005年4月1日、平成の大合併の流れの中で、一宮市そして尾西市と木曽川町は対等合併という名称の実質は吸収合併をして、大きく新しい「グレーター 一宮市」となりました。合併債という飴と鞭を鼻先に突き付けられ、各地の田舎行政はどこも将来世代に借金を残してプチバブル状態へ。一宮市では、2012年駅に隣接して完成する「i-ビル(尾張一宮駅前ビル)」がこの代表的産物でしたが、他にも色々あるバブルの産物の一つに「新市誕生記念事業」というのがありました。
 「グレーター 一宮市」の誕生を記念して(祝って?)、様々な市民イベント、市民プロジェクトに一宮市が補助金を出し、「新市誕生記念事業」という“冠”を付けていくものでした。


特定非営利活動法人 志民連いちのみや
 杜の宮市は、20世紀末から続く様々な市民活動・文化活動を受けて2001年にスタートしました。杜の宮市を含めて、さらに様々な活動をしていくうち、地域に根差す共通の課題がだんだん見えてきました。
 それは、小さなもの、弱いもの、新しいもの、お金に結び付きづらいもの、あるいは偉い人が関わっていないもの、そうしたものを守り、助け、育んでいく文化の弱さや基盤の無さ、失敗しても再度チャレンジできる包容性や仕組みの少なさです。
 21世紀とともに始まった杜の宮市ですが、今世紀初頭の一宮地域では市民活動は人口規模に比してかなり少ない状態でした(今でも多くありません)。その少なさと、また少ないがゆえに活動のようすを近しく見られるわけで、多くの団体の中に上記のような地域共通の課題を強く感じました。杜の宮市自身も、地域でアウエィな対応も受ける中でずっと奮闘していました。
 他方、1998年にできた「NPO法」により日本でもNPO法人(特定非営利活動法人)が誕生しました。色々な面で不安定さと不安があったものの、杜の宮市の大きなうねりを受けつつ、様々な関連事業を整理するようにして「特定非営利活動法人志民連いちのみや」を設立しました。一宮市合併に先立つこと2か月、2005年2月2日のことです。
 志民連いちのみやは、2012年からは一宮市市民活動支援センターを受託運営し、市民活動を支援する活動をおこなうほか、コミュニティ施設「com-cafe三八屋」や地域オリジナル「一宮ブルワリー」の運営などもしています。


市民活動大集合!新市の未来へ「一宮NPOフェア」
 志民連いちのみやでは、合併債をどうにか未来の地域の人たちに返済しようと、色々な「新市誕生記念事業」を展開します。まちなかのパブリックアートを探し、市長との小規模懇話会で市内を巡り、一宮ちんどん隊を整備するなどの事業をしました。併せて「市民活動大集合!」も新市誕生記念事業としてスタートします。
 当時すでに杜の宮市は、まあまあな来場者になっていました。また来場者の流れは、一宮駅から歩いて本町商店街に入り、2丁目から1丁目へと北上して信号を渡って当時の会場エリアへ行くのが中心になりつつありました。
 市民活動のイベントというのは多く、市民活動に関わる人(ばかり)が集まることなりがちです。しかし市民活動も多くの人とコミュニケーションを持ち、相互関係を持つ中で活動が広がり深まるものです。また杜の宮市の来場者は、市民活動のようなことにも関心を持つ人がたくさんいると感じていました。
 そうした中、本町1丁目商店街振興組合の協力を受け、本町1丁目の路上で「市民活動大集合!」をスタートしました。様々な市民活動団体が展示をしたり、体験教室をしたりして活動を紹介していくものです。当初は単なる展示が主流でしたが、多くの来場者とコミュニケーションを取る中で、体験教室や対話型の広報が増えていきました。
 やがてこの「市民活動大集合!」は杜の宮市の一つの部門となって、他の部門と関係性を持ちつつ運営され、現在に至っています。


市民活動って
 市民活動とは何でしょう。地域や社会にある課題の解決を目指して、市民が自主・自律・非営利・先進性を持っておこなう公益的具体的活動、というようなことです。
 あれ、これ問題なのに、役所も誰も何もしないままだな、じゃあ自分たちで考え、自分たちで資金を工面し、もらうお金はもらうけど金儲けでなく、誰もやらなくてもお金が無くても、ひとのために続けてやっていこう・・・そんな感じの動きです。
 ヒトもモノもカネもありませんから小さな活動を地道に続け、オープンにその活動を続ける中で協力者や資金を得て、さらに活動を持続し少しずつ深く広げていく、今でいう「ソーシャル」な活動です。


市民活動大集合!と、ヒロガル ミヤイチ
 奇異な目で見られてきた市民活動も、ソーシャルな活動として一定の理解は得られるようになりましたが、国としても地域としても、まだまだ活性化すべき領域です。
 20世紀的な古い「公」と「私」の境界が曖昧になり、市民が担う公的活動がいよいよ重要になっています。
 また地域へのソーシャルな活動は、市民だけでなく、企業や団体の社会貢献、CSR活動としても急速に広がっています。こちらになりますと、他に比べこの地域は相当な遅延が発生しています。
 こうした状況の変化から、市民活動大集合!もまたリ・ボーンしていく先進性が求められています。

 他方、杜の宮市では「ヒロガル ミヤイチ」という事業も展開してきました。その中で一番端的な事業は、アーチストの梅津諭さんが橋渡し役になり、糸魚川市の行政から団体、学校や企業までが杜の宮市に来て広報と物販をしたことです。行政とか企業とかの枠を超えて、糸魚川市のワンチームとして太平洋側のまちでの大きな活動でした。

 「市民活動大集合!」は「ヒロガル ミヤイチ」と合体した、いわば「ヒロガル ソーシャル ムーブメント」イベントへと進化させたいところです。


杜の宮市での、市民活動大集合!
  私たちは、自分たちで汗をかき、知恵を出し、皆と一緒に楽しみ、文化とコミュニケーションを広げる活動をしています。この活動は同時に次のステップへ活動が繋がる地域基盤、プラットフォームを作る過程でもあります。活動をしつつ、その活動のための基礎も作るのが市民活動の一つの特質です。橋を手づから作りながら先へ進んでいくイメージです。
 杜の宮市というソーシャルな活動の中で、また新たなソーシャルが地域に広がり育つ基盤としてステージとして「市民活動大集合!」は、杜の宮市の一つの事業として開催していく意義があると考えます。


 第20回杜の宮市での「市民活動大集合!」(ヒロガルソーシャル)では
● ソーシャルな活動の広報をしてください(ワークショップ、体験教室が主流の出展は「杜の学校」へ)。
● 企業や団体の社会貢献活動・CSR活動の広報や実験にもぜひ活用してください。
● 行政や関連団体・協会などの広報ブースもご出展ください。
● 1つのブースを2団体とかの複数でシェアすることもOKです(どれもソーシャルな活動である場合)。
● 関連する事業(営利事業含む)の広報が若干入るのも構いません。
★ 一宮市市民活動支援センターも出展を支援します。
★ 市民活動大集合!に出展し、かつ1万枚配布するパンフレットやHPリンクで「ヒロガルミヤイチ」ページに広告を掲載すると、その参加費用で割引があります。

 ひょっとすると場所も変わって大きくなるかも。 


市民活動大集合!関連のご相談は、下記のフォームからお願いします。
https://forms.gle/jtmmmi3dPFkMQwW4A
またお電話でのお尋ねは担当の星野博(090-2265−9188)までお願いします。


画像は
2006年5月21日、第6回杜の宮市で同時開催された「市民活動大集合!」のパンフレット表紙面

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2019年5月5日、第19回杜の宮市での「市民活動大集合!」のようす

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おまけ 2005年3月31日夜6時過ぎ、木曽川町役場最後の日 夜10時と翌日朝9時の一宮市役所

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posted by 星野博 at 08:22| 杜の宮市とは

2020年01月04日

「なまおとライブ」と休憩所・・・杜の宮市

 2020年5月5日開催の第20回杜の宮市は、1月8日まで出展希望者の募集をしています。
 http://miyaichi.net

 なまおとライブ出演者の公募も、1月31日までしています。杜の宮市20th.
 「なまおとライブ」ミュージシャン・パフォーマー登録フォーム
 https://forms.gle/1CxgPVnh6sLSUrU58



ステージと休憩所

 飲食ブースの説明文でもお伝えしましたが、杜の宮市などの市民による「まつりづくり」では、滞留性と回遊性を大切にしています。ぐるぐる場内を経巡っては休み、休んでは経巡り、イベントの滞留時間を長くする、言えば戦略なのですが、その大きな意図は出展者に何度も深く、来場者の目線が入るようにすることです。
 休憩所は直接に、ステージは文化発信をしつつ間接に、その役割を助けています。
 第19回の杜の宮市では、6か所のステージが設置されていました。その前などにある休憩所は同時に380人ほどが休めるようにしてあります。
 来場者の方々は、会場内を進むごとに別の音楽が聞こえてきて足を止め椅子に座り、また進んでは音楽と休憩所に出会います。そうしてずっと長く深く、杜の宮市を楽しみ味わっていただきたいのです。
 休憩所は時にプチ同窓会になっています。あれ久しぶりだね、向こうで**と飲んでるから来てよ。
 不思議なコミュニケーションの広がりを見ることがあります。何であなたは私の知人の彼と一緒にいるの、知り合いなの、じゃ仲間に入れて。知人のフェイスブックの「友達」の中に意外な人を見つけるかのようです。
 こんなコミュニケーションの広がりは、まつりの醍醐味と思います。



第19回杜の宮市の各ステージは

● 池前ステージ 神社東門前、会場の一番北東端にあります。地面に平置きのステージですが、音響のオペレータが付きます。テントの下にテーブルと客席80人分、周りには飲食ブースの「池前横丁」8店舗ほどが並びます。

● 楼門北ミニステージ 神社楼門を入って右手、茶室の桃丘亭前のミニステージです。音響は出演者自身が調整します。近くにテーブルと休憩席50人分くらいと、シートを敷いた休憩所が20人分ほどあります。

● 広場ステージ 本町商店街から国道155線を超えた、宮前三八市広場にある、高さも広さも少しあるステージで音響オペレータが付きます。テントの下にテーブルと休憩席80人くらいと、椅子のみ30人分ほど。周りには飲食ブースの「もりもりフード」(広場エリア)20店舗ほどが並びます。

● 1丁目ミニステージ 本町通1丁目の中ほど、剱正幼稚園の駐車場に全面シートを敷いた「けんしょうランド」(7飲食ブース)の奥にあります。音響は出演者自身が調整します。テーブルと休憩席30人分くらいがあります。

● 葵にぎわい広場ステージ 本町通2丁目、オリナス一宮の東裏、市役所の西側にある「葵公園」です。地面に平置きのステージですが、音響のオペレータが付きます。テントの下にテーブルと客席60人分、周りには飲食ブース「葵にぎわい広場」で8店舗が並びます。

● 4丁目ミニステージ 本町通4丁目、会場の南端にあります。音響は出演者自身が調整します。休憩席30人分くらいがあります。



なまおとライブって何

 真清田神社の境内をお借りして出発した杜の宮市は、音量と音楽内容にいつも気遣ってきました。音は控えめに、内容は品格を持って、でもその中で個性があり、主張がありまたアバンギャルドだったりもする音楽を選んで演奏してもらってきました。しかしその中では意図せずご近所の方に音量面でご迷惑をかけたこともありました。「飛び入りステージ」で音量が上がっていて、気づかず神社にご迷惑おかけしたこともありました。逆に杜の宮市をよく知っているスタッフが大音量でふざけて、神社に大変厳しくご指摘を受けたこともありました。
 小音量と品格とを示すべく、音響装置で拡大することを「あまり」前提としない、アコースティックな音楽をと「生」の「音」の「なまおとライブ」と初回から名付けています。
 こんな具合に色々とシバリがあるライブですので、以下のような内容が合っているのかなと思います。
・基本、電気増殖を伴わなくても演奏できるもの
・電気のない時代から続くような、民族音楽
・器楽演奏
・練り歩き
・パフォーマンス(BGMは小音量)

 逆に、がなり散らすもの、仲間受けでやっているもの、打楽器を強く出すものは辛いところです。



第20回杜の宮市なまおとライブでは

今までと同じく、小音量・品格あるステージです。音量を演奏途中でも制限することがあります。練り歩き大歓迎。「あの大人気の人を呼べるよ」という他薦大歓迎。



第1回杜の宮市(2001年6月3日)楼門前ステージのようす(平井尚之 JAZZ QUARTET)
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第19回杜の宮市(2019年5月5日)宮前三八市広場ステージのようす(一ノ瀬大悟デュオ)
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posted by 星野博 at 08:14| 杜の宮市とは

2020年01月03日

「杜の宮市は」は、なぜ「杜の宮市」という名前なのか…第20回杜の宮市

 2020年5月5日開催の第20回杜の宮市は、1月8日まで出展希望者の募集をしています。
 http://miyaichi.net

「もりのみやいち」という名前の由来を時に尋ねられます。


三八市の復興
 杜の宮市は2001年初に新聞公募で集まった人で結成された「杜の宮市準備委員会」がスタートさせました。その新聞公募の内容は、文化的な「三八市」(さんぱちいち)の復興を目指して集まりましょうというものでした。
 一宮のまち、中心商店街は、尾張国一宮 真清田神社(おわりのくにいちのみや ますだじんじゃ)の門前市として、3と8がつく日に開催されていた「三八市」が、その興りです。市がだんだん固定化し、門前町としての現「本町商店街」が形成されていきました。三八市は戦後はマーケットとして、今の「宮前三八市広場」のあたりに勃興しましたが、やがて消えていきます。真清田神社には「三八稲荷」があります。

 杜の宮市は、この「三八市」を文化的に復興しようとしてスタートしました。まちの再興、活性化のシンボルを「三八市」に求めていたのです。


松井隆禰宜
 その頃、真清田神社の禰宜(宮司に次ぐ立場)に、松井隆さんが就任されました。大蔵官僚としてエリート中のエリート街道を進む中、突如ご自身で神職となり、護国神社にいらしたところを飯田宮司が口説き落として真清田神社の禰宜として迎えました。
 後には私たちの守護者ともなり、やがて早逝する松井さんですが、第1回の準備がスタートしてすぐの2月に

「三八市は真清田神社のものだから、勝手に名前を使わせない」

と私たちに言い切りました。何だかよく分からない輩たちに使わせるのはどうかという感じも今は分かりますし、松井さん自身もやがては神社としてその名前を活用しようという考えがあったようです。

 私たちは意気消沈しました。「三八市」というシンボルに集まったのに。その名前でいいという神社の話だったのに。


モリノミヤイチ
 そんな沈鬱な会議の中、現在の杜の宮市準備委員会会長の森さんが言いました。
 「ミヤイチはどうだろう・・・」
 ???
 「三八市…サン・パチ・イチを読み替えて、ミ・ヤ・イチ、漢字で宮市」
 さらに
 「これに神社の社叢林の意味をこめて杜(もり)の字を載せるのは」

 こうして生まれたのが「杜の宮市」という名称です。

 「三八市」から「杜の宮市」への変更は、単に名前の変更だけではありませんでした。それまで「三八市」という大きな看板を背負う中、様々な人の「三八市」に対する想いや夢、欲やしがらみにとらわれてきたのが、オリジナルな新しいネーミングにすることで解き放たれました。
 新しいまつりを作ろう、新しい文化発信をこのまちからしていこう、私たち文化を大切に思う市民で一から作りだしていこう。
 今の杜の宮市に繋がる、そのありよう、思想性が明確になりました。

 今でも「宮の森市」とか「ヤシロの市」とか言われてしまいますし、愛情込めて「モリミヤ」とも呼ばれていますが、こんな経緯があって名前が決まりました。2001年2月のことです。


 そうして私たちは、誰も知らない、何かも分からない「杜の宮市」を立ち上げていったのでした。


 ちなみに当時、準備委員会のメンバーで呉服屋さんの今井英夫さんが「そんなの別に当たり前だがね」と言って、自分の車に杜の宮市のポスターを直張りして走り始めました。杜の宮市準備委員会のメンバーの多くも真似をして、ポスターを貼った車や自転車を走らせていました。


 写真は、第1回杜の宮市のポスターを数枚貼った私(星野博)の当時の愛車と、真清田神社本殿正面のようす。

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posted by 星野博 at 10:07| 杜の宮市とは

2020年01月02日

飲食ブースは大切な表現、大切なやくわりが…第20回杜の宮市

 2020年5月5日開催の第20回杜の宮市は、1月8日まで出展希望者の募集をしています。
 http://miyaichi.net


 杜の宮市では、最初のころから飲食ブースをとても重視しています。
 おいしい楽しいこと、安心安全な食を提供することはもちろん、杜の宮市全体にとっても大切な役割を担ってくれています。



尾張メイドたらふく

  2001年の第1回から2005年の第5回まで、飲食ブースは「尾張メイドたらふく」という部門名でした。尾張地方の食材、店舗などにフォーカスを当てることで、杜の宮市らしいもの、オリジナリティあるものを出してもらうという意図でした。実際にはすぐに、エリアを限定せず、広くどこからでも、他にないもの、オリジナリティあるものを提供する人を審査によって出展してもらうようになりました。「138のモノづくり」など、杜の宮市の他部門と同じような手づくり・クラフト的な基準、考え方に立ち、より良質な空間を確保するためです。
 こんな頃には、あるブースが「どてサラ丼」を開発提供して大人気になり、彼の店の定番品にもなっていまいした。どて煮を載せた丼にイタリアンなサラダを散らして、この地方のどて味噌の濃厚さを柔らげまろやかにするとともに、野菜摂取がはかられるものです。



飲食の「宮市方式」

 飲食部門でも、アート・クラフト部門と同様の手づくり的・クラフト的な基準とは、出展する人自身が作ったものを、その作り手自身が出展し、作り手自身が説明して販売することです。このことは、食のトレーサビリティを、少なくとも調理以降は確保し、安心安全な食べ物を提供することに繋がります。
 もう一つ、別に今は珍しいことでもありませんが、当初は私たちが勝手に「宮市方式」と呼んでいた出展の形態があります。これも当初から色々な関係者とのやりとりの中で(仕方なくですが)整理されたものです。

● 現地での調理は、露天商またはキッチンカーの免許・許可ある「プロ」のみ

● お菓子などを持ち込んで販売する場合は、菓子製造業ほか該当の免許・許可ある設備と人間が「プロ」として製造し、法規に従って販売

● 現地で酒類を販売する場合は、その臨時免許が必要(露店商またはキッチンカーの免許で、アルコール類をカフェ等実店舗同様に販売する場合は不要)

 飲食の出展者はすべて許可・免許を持った人、ということです。

 主催者である私たち杜の宮市準備委員会は飲食には素人です。無論、飲食ブース全体の管理者責任も保険も対応しています。その上で、個々のブースは露店商等の許可・免許がある「プロ」に出展していただくという形のみにしています。このことで、食の安全安心を確保するとともに責任を切り分け、その上でプロとして自由に面白いものを表現していただくようにしています。



飲食ブースの重要性
 
 飲食ブースはとても大切です。

 杜の宮市など、文化とコミュニケーションを重視しつつ市民イベントを手作りで企画運営することを「まつりづくり」と呼んでいます。この「まつりづくり」戦略で大切にしているのが「滞留性と回遊性」です。回遊は、会場内を人々がグルグルと経巡ること、滞留は会場内で人々が留まることです。
 杜の宮市では来場者の滞在時間がとても長いと感じています。朝、会場北端で見かけた方が、夕方に本町の中ほどでまた会う、というようなことがよくあります。イベントの規模は静的な数字としての延べ来場者数で語られる部分があります。けれども本当のイベントの規模は、動的な来場者数×滞在時間で考えるべきでしょう。
 ぐるっと会場を見て、少し買物をして2時間ほどが経った。もう帰ろうかと思うと、いい音楽と休憩所そしておいしそうな飲食物が会場内の数か所にある。喉も乾いた小腹も減った、疲れもしたので少し休もう。おいしい料理と飲み物で落ち着いてみると、先ほどあそこで見たあの作品がやはり気になる。よしもう一回見に行ってみよう。
 こんなループが何度も多様に起きることで、より濃密なコミュニケーションが場内に蓄積されていきます。

 飲食ブースは杜の宮市の中の様々な出展者などに、より深い視線が向けられるためにも大切な機能を持っているのです。


 
宮市フードコート

 最近の飲食ブースは「宮市フードコート」と総称されています。先回、第19回では6か所のフードコートがありました。

● 池前横丁 境内の一番奥、東門のすぐ中に、ちょっと狭いけれど楽しいライブのある休憩所があり、その休憩所を囲むように食べ物、飲み物のブースが並びます。

● もりもりフード 大鳥居のあたり、宮前三八市広場から楼門にかけて、大きなテントとステージがあり、その両サイドにずらりと飲食ブースが展開します。

● けんしょうランド 本町通1丁目商店街の中ほど、剱正幼稚園の駐車場をお借りし、そこに全面のシートを張って養生したところに飲食ブースとキッチンカーが出展します。一番奥に休憩所のテントと小さなライブステージがあります。

● おかし横丁 本町通2丁目商店街のアーケードの下に、ケーキやパン、饅頭に焼き菓子など、和洋など様々なスイーツ、またパンも。

● 葵にぎわい広場 七夕まつりにも「葵にぎわい広場」となる。オリナス一宮と市役所の間の「葵公園」に、飲食ブースとキッチンカーが並び、中央に休憩所のテントとライブステージも設置されます。第20回では休憩スペースがかなり広くなる予定です。

● はんじょうフード 本町通4丁目商店街のアーケードの下と駅の宮市(一宮駅コンコース内、名鉄百貨店前あたり)、お弁当やパン、お土産が、90p角のミニブースでぎっしり並びます。

今年はもっとフードコートの場所と内容を拡張できるかもしれません。



飲食ブースの出展申込でお気をつけください


● 露店商や菓子製造業など、出展形態に合った保健所ほかの免許・許可が必要です。

● 許可証や免許状などの画像が申込に必要です(写メ等でも構いません)。

● 上記の免許や許可が申込時点では無い場合、その旨と、いつまでに取るかの記載を、申込フォームに記載ください。

● 発電機の持ち込みは、申込フォームに記載してご相談ください。場所によって発電機が利用できない場合があります。キッチンカーも書いてください。

● 毎年多くの方に出展をお断りしています。「何が特徴か」「他とどう違うか」「どんな人に来てほしいか」「コンセプトは」「おもしろいメニューは」などを拝領していただきつつ、写真と文章でしっかり、分かりやすくお伝えください。

●他のイベントなど過去の出展の全体像、ブースの設置のようすが分かる写真もお願いします。無い方は絵や図面や文章で補ってください。



写真は前回、第19回杜の宮市の飲食ブースのようす

190505 池前横丁 DSC09192_w32.jpg

190505 もりもりフード DSC09436_w32.jpg

190505 もりもりフード IMG_0760_w32.jpg

190505 けんしょうランド IMG_8313_w32.jpg

190505 おかし横丁 DSC09974_w32.jpg

190505 葵にぎわい広場 DSC_9936_w32.jpg

190505 駅の宮市 はんじょうフードIMG_9709_w32.jpg
posted by 星野博 at 09:59| 杜の宮市とは